出張で埼玉に行く。
白岡の駅前からタクシーに乗る。○○までお願いします。
運転手は無言で車を走らせ始める。もう70近いか、結構な老人である。
一瞬、無愛想な人かと思った。
それならそれでいい。目的地に着くまでの10分ほど、静かなのは別段嫌ではない。
赤信号でタクシーは止まる。そこから他愛のない、当たり障りの全くない、
どうでもいいような会話が始まる。世間話。
最近の不景気はいつまで続くのか、来年はどうなるのか、云々。
上の空で返事をしつつ、程なく目的地に到着する。
代金を払おうとすると、財布には一万円札しかない。
しまった、と思いつつ、運転手に一万円で釣りがあるか尋ねる。
ないです。
困った。ここは埼玉の真ん中である。
見渡す限り、物流倉庫しかない。店らしきものなどまるでない。
困ったなぁ・・・
帰りでいいっすよ。
一瞬、耳を疑う。いま何て言った運転手?
これ私の携帯番号なんで、お仕事終わったら電話ください。お迎えに来ますんで。
そう言いつつ、私に電話番号の書かれた紙片を渡し、タクシーは走り去る。
一瞬、呆然とする。いいのか本当に。
運転手は私の名前さえ尋ねることなく行ってしまった。
踏み倒そうと思えばいくらでもできてしまう状況を作りつつ、行ってしまった。
1時間ほどで仕事が終わる。早速私は先ほどの紙片を広げ、電話する。
すいません、先ほど○○まで乗せていただいて、まだ料金を払ってない者ですが。
ああ、すぐ行きます。5分くらい、いや10分くらい待っていてください。
そしてタクシーがやってくる。何事もなかったように私は座席に座る。
まだ万札、崩れてないですよね。運転手が訪ねる。
それはそうである。先ほどタクシーを降りて今また乗るまで、
私はここで、ここ埼玉で、埼玉のド田舎で仕事をしていたのだ。
金を崩せる暇などあるわけがない。
それよりも運転手、おまえはどうなんだ。
おまえが釣りを用意したっていいんだからな。むしろそっちがスジだろ。
とは思っても言わない。そのかわり、
じゃあ、白岡駅行く途中でコンビニ寄ってもらえます?そこで金、崩すから。
申し訳ないっすねぇ、アタシが釣り用意しとけばよかったんだけど。
・・・だけど此所から白岡までの途中にコンビニ、無いかなぁ・・・
本当に困っている様子である。
じゃ、新白岡でもいいですよ。新白岡なら行く途中にコンビニあります?
ん~、あったかなぁ・・・お客さん、どっちの方に行かれるんですか?
久喜に出て、東武線で越谷の方に出たいんだけど。
じゃ、久喜まで行っちゃえば。二千五百円くらいかかるけど、二千円でいいっすよ。
え、でも二千円で領収書、出ます?
出ます出ます。二千円でメーター切っちゃうから。
というわけで、久喜まで行くことにする。
途中でコンビニを見つけ、そこで缶コーヒーを2本買い、一万円を崩す。
タクシーに戻り、運転手にコーヒーを1本渡す。
あぁ、これはスンマセン・・・
タクシーはコンビニを出、久喜に向かう。
車の中で思う。ある意味、今経験しているこの出来事は普通ではない。
たまたま乗った客の名前も聞かずに帰りの連絡を待つ運転手。
通常なら、おもむろに嫌な顔をされ、ちゃんと崩してから乗れよな!くらい言われる。
そして金を崩してしっかり払いを済ませるまで降ろしてもらえない。
きっとコンビニまで連れて行かれるだろう。その間の料金もこっち持ち。
これが普通ではないだろうか。
おまけに久喜まで通常よりも安く乗せてくれている。
運転手、おまえいいやつじゃないか。
久喜駅に着く。
私は降りるときに行きの分と併せて四千円を渡す。
運転手は、ええっと、お釣り400円ね、と言いつつ小銭を用意する。
ああ、いいですよ釣り。いろいろお世話になったから。
いやいやいやそれは駄目ですよ、お釣り・・・
いやいやいやいやいやいいですよ、本当に。
本当に助かったから・・・
いやいやいやいやいやいやいやいや駄目駄目ダメ・・・
いやいやいやいやいいですって!
・・・・そうっすか? じゃ、頂いときます。
降り際、運転手が
またこっちのほうに来たらよろしくお願いしますね、とか言っている。
私は無言で笑顔を返す。
なんだかほっこりと時間を過ごすことができた。
どうでもいいが。
(2008/12/19)
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